現在の日本社会では、人手不足が深刻化し、外国人の労働者の役割が重要視されています。新たに創設されることが決定した新たな在留資格の就労育成制度に注目が集まっています。
特に、農業分野においては、長年人手不足に悩まされ、さらに人員を募集しても日本人の若者の応募が集まらないという状況が続いています。今回育成就労制度が創設されたことをきっかけに、新たに外国人の受け入れを検討している農業農業経営者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そこで今回は、育成就労制度について、特に農業分野においての注目ポイントや懸念される点を解説していきます。
育成就労制度の概要
今回新たに創設された育成就労制度は、「日本の特定産業分野における、人手不足の解消のための人材の育成と人材の確保」を目的としています。これは、「技術又は知識の開発途上国等への移転のための国際貢献」を目的とした技能実習制度とは大きく異なります。
「日本の特定産業分野の人手不足の解消が目的」と聞くと、特定技能制度と混同してしまいがちですが、育成就労制度はあくまでも”育成”がの要素が強いため、来日時点での外国人の技能レベルや日本語能力の部分で大きな差があります。
下記の表に、育成就労と特定技能の違いについてまとめました。
育成就労と特定技能の比較
育成就労 | 特定技能 | |
---|---|---|
目的 | 人材育成・長期的な人材確保 | 特定分野における人手不足の解消 |
在留期間 | 原則3年 | 特定技能1号:5年 特定技能2号:制限なし |
日本語水準 | 日本語能力検定『N5』以上合格 | 日本語能力検定『N4』以上、 もしくは国際交流基金JFT Basic A2のいずれかに 合格していること 特定技能分野「介護」の場合 「介護日本語評価試験」にも合格しなければならない |
技能水準 | 技能試験はない | 特定技能評価試験に合格することが必要 |
転職・職場変更 | 要件を満たした場合可能 | 可能 |
職種 | 特定技能1号に準ずる(予定) 16分野(特定技能1号) 介護/ビルクリーニング/ 工業製品製造業/建設/ 造船・舶用工業/自動車整備/ 航空/宿泊/農業/漁業/ 飲食料品製造業/外食業/ 自動車輸送/鉄道/ 林業/木材産業 | 16分野(特定技能1号) 介護/ビルクリーニング/工業製品製造業/ 建設/造船・舶用工業/自動車整備/ 航空/宿泊/農業/漁業/ 飲食料品製造業/外食業/自動車輸送/ 鉄道/林業/木材産業 ※特定技能2号では、1号の受け入れ分野のうち 「介護」のみ除外、在留資格『介護』へ移行 |
来日時、育成就労では技能試験はありませんが、特定技能では特定技能評価試験に合格しなければなりません。また、日本語能力においても、育成就労では日本語能力検定『N5』以上とごく易しい水準となっていますが、特定技能では『N4』以上と比較的高いレベルが求められます。
このように、即戦力で活躍できる外国人労働者を求める場合、特定技能外国人の受け入れが推奨され、育成就労のレベルでは不十分と言えるでしょう。
育成就労制度の概要や特定技能制度との比較については、下記の記事で詳しく解説しておりますので、ぜひ併せてご覧ください。
農業分野の現状
ここからは、農業分野に関する実状を踏まえて解説していきます。現在の日本の農業はどういた状況で、どんな問題点を抱えているのでしょうか。
他分野と比較しても特に人手不足が深刻
冒頭にもお話しした通り、農業分野においては他分野と比較しても特に人手不足が深刻化しているのが現状です。多くの農業者は地方に存在していますが、日本の若者は地方から都市部に移り住んでしまいます。その分地方の農地では後継者がおらず、耕作放棄地が目立つという農村も少なくありません。
現在の農業従事者には高齢の方も多いため、2015年には208万人いた農業就業者は、このままいけば2030年には131万人にまで減少すると言われています。少なくとも140万人は必要といわれておりますので、ここに9万人分も差異があります。
しかも、近年では「求人募集しても応募者が来ない」「人が集まらない」という状況が続いています。右の表からも分かる通り、2015年以降は有効求人倍率が全職業平均でも1を超えており、特に農林漁業分野は特に高い数値になっています。コロナ禍であった2020〜2021年は有効求人倍率は下がりましたが、その後また上昇傾向にあることを見ると、今後もこの傾向は続いていくでしょう。
このように、このままでは人手不足により、日本の農業を維持していくのが非常に困難というのが実状なのです。
※有効求人倍率(有効求人数/有効求職数)は各年度におけるパートタイムを含む常雇の値。
農林漁業の有効求人倍率

引用:農林水産省経営局就農・女性課「農業の労働力確保について」(24年5月)
持続性可能な農業のための施策(大型機械化・スマート農業・外国人雇用)
しかしながら、農業分野における人手不足は今に始まったことではなく、1970年代から進み始めてたと言われています。
この状況に対抗すべく、多くの農業経営者は、大型機械化やスマート農業を取り入れることで、作業の効率化や省人化を図ってきています。例えばスマート農業においては、1990年代後半から2000年初頭から広まり始め、最初はGPS技術を応用した農業が中心でしたが、最近ではAIの活用やビッグデータ解析の進歩により、より高度で洗練された技術が導入されています。
こういった技術の進化は目覚ましいものですが、人材が不要になるということは当然無く、この先の農業の担い手を増やしていかなければならない状況に変わりはありません。そこで、外国人労働力に頼る傾向が年々強くなっているのです。
実際に、農業分野の技能実習生の数は2023年が過去最多であり、特定技能外国人の数は急激に増加傾向にあります。今後も最新の技術の導入は進んでいくものと見られますが、膨大にかかるコストや設備に合わせて生産体系を調整しなければならないというリスクを考慮すると、今後も外国人の労働力は必要不可欠と言えるでしょう。
農業分野の技能実習生数と特定技能外国人数

引用:農林水産省「農業分野における外国人材の受入れ」「出入国在留管理庁の公表値(各年12月末)」
農業分野から見た育成就労制度の注目ポイント
前述の通り、農業分野ではこれまでも技能実習制度を通して多くの外国人を受け入れてきました。しかし、今後育成就労制度が施行されるにあたり、どのような変化が起こり得るのか見ていきましょう。
従事できる作業が広がる
最初に解説した通り、育成就労制度では、「日本の特定産業分野における、人手不足の解消のための人材の育成と人材の確保」を目的とし、特定技能1号に移行できる外国人材を育成するための制度です。
そのため、従事できる業務の範囲は特定技能の業務区分と同一として、幅広く認める方針であると発表されています。これにより、日本人の職員と同等の業務が可能となり、技能実習制度では従事できなかった「技能習得に関わらない作業」にも従事することができるようになると見込まれています。
農業分野で見ると、技能実習においては対象外だった集出荷・選別等の周辺業務を「主とする業務」にすることが可能になったり、関連業務への従事も可能(専ら従事などは不可)となることが見込まれています。これにより、栽培や収穫だけでなくさまざまな業務で現場の手助けとなるでしょう。
また、業務区分外だった稲作や肉用牛に関する業務への長期従事も許可されると見られるため、これらの業務で受け入れを検討する農業経営者には朗報と言えるでしょう。
派遣勤務が機能するのかは疑問
育成就労では、農業が『労働者派遣等育成就労産業分野』になる可能性が高いと言われています。
『労働者派遣等育成就労産業分野』とは、育成就労の対象となる産業分野のうち、外国人にその分野に属する技能を日本国内での就労を通じて修得させるため、季節的業務に従事させることを要する分野のことを指します。
農業は、気候や扱う作物によって、季節ごとに繁忙期と閑散期の差が大きいという特性があり『労働者派遣等育成就労産業分野』に該当します。実際に特定技能では、農業分野の派遣形態が認められており、すでに一部で利用されています。
派遣形態での受け入れが認められることにより、通年の雇用ではなく繁忙期のみ働いてもらい、閑散期には別の農家で雇用してもらうといった形の雇用が可能となります。
このことは、農業経営者側にとって人件費の削減につながり、日本の農業界全体で見ても、異なる農業者に繁忙期を迎えるタイミングで貴重な労働力を派遣することができるというメリットがあります。

しかし、この派遣形態は外国人に対し、短期間でさまざまな地域への移動を課するため、相対的に定住を希望する外国人には、ほとんど好まれておりません。結果、農業事業者側が毎回新しい外国人を受け入れる度に、作業を教えなければならなくなり、生産性が上がらず直接雇用に戻す事業者がいるのも事実です。
育成就労においても、派遣形態の場合、技能を習得する前に勤務先が変わってしまい、特定技能に在留資格が変更になっても、元の勤務先に戻ることは期待しづらいです。
結論的には、特定技能での直接雇用を前提として、閑散期には帰国を奨励し、繁忙期に再来日してもらう「出稼ぎ型」の雇用形態の方が、農業事業者の外国人の育成の手間も減り、相対的に生産性の向上とコストダウンの両方を享受できると考えられます。
農業分野において育成就労制度で懸念される点
技能実習から育成就労へと移行することで、良い部分ばかりが取り上げられがちですが、農業分野においてデメリットはないのでしょうか。ここでは、農業分野における育成就労で懸念される点を紹介いたします。育成就労の受け入れを決める前に、しっかり確認しておきましょう。
転職が許可されることによる人材の流出
技能実習から育成就労に移行する目的の一つとして、外国人の労働者としての権利を向上を図り、生活苦による実習生の失踪や違法行為といった社会問題の解決を目指しています。
育成就労外国人には“やむを得ない事情がある場合”の転職が認められます。これにより、契約内容と実態の不一致や人権侵害行為等などがあった場合に転職できるようになるという意味で、労働者としての権利を向上を図っています。
しかし、農業経営者側にとっては、「せっかく育成しても戦力化する前に転職される可能性がある」というリスクが発生するのです。
育成就労として来日するにあたり、技能試験はありません。つまり、農業に関する知識や技能が全くない人材が来るというわけです。受け入れた農家では、いち早く戦力となるよう、時間を割いてその外国人材を育成するわけです。しかし、技術や知識を身につけさせ、もうすぐ一人前になるといったときに、その外国人が転職したいということになれば、かけた時間が勿体無いと感じてしまうことでしょう。
農業分野においては、都市部よりも地方における人材不足がより深刻ですが、結局、地方の農地で時間をかけて外国人材を育てても、都市部へ流出させることになってしまうかもしれません。
農業分野でも日本語能力は必要
育成育成就労として来日するには、日本語能力検定の『N5』レベルに合格する必要があります。しかし、これは「基本的な日本語を、ある程度理解することができる」というのが目安となっており、日本語能力をはかる試験の中で最も易しい試験です。日本で就労し一人で生活するには不便を感じてしまうレベルと言えるでしょう。
農業といえば、介護や外食、宿泊等の分野とは異なり、業務で人と接するイメージがあまりなく、日本語能力が高くない外国人でも従事しやすのではないかと考えるかもしれません。
しかし、上でも解説した通り、育成就労で来日するのは農業に関する知識や技能が全くない外国人です。専門的な言葉も用いられる研修、業務中の指示や連絡など、日本語でのやり取りは必ず発生します。もちろん、業務外の日常生活においても、当然日本語でのコミュニケーションは必要不可欠です。
地方における日本語教育のあり方の問題
地方から都市部への人材の流出が懸念されるというお話をしましたが、その要因として、地方では日本語学習の機会が少ないという点もあります。
農地が広がるような地方では、日本語教室が少なく学びの手立てが少ないばかりか、同じ境遇の他の外国人との触れ合いの機会も少なくなってしまいます。日本語教育の機会に恵まれないことで、日本語能力が向上せず、他者とのコミュニケーションが少なくなり、日本語能力がますます上がらないという負のループに陥ってしまうこともあります。その末、日本語学習がしやすい都市部への転職や、帰国してしまうということも考えられるでしょう。
この問題の対策として、育成就労の受け入れを検討する農業経営者には、オンラインを活用して日本語学習の機会を増やす、農村部において複数の事業者が共同で教育の機会を新たに作っていく、日本語と外国を両方に長けた職員を配置するといったことが求められます。
こういった対策は、大企業を母体として持つ経営者には可能かもしれませんが、中小企業の規模の農業経営者や個人で農業を営む農業者には、かなりハードルが高い施策だと考えられます。

外国人材を孤立させないために
中小企業規模の農業経営者でも可能な対策として、まず特定技能の受け入れを行うということが考えられます。短期間での転職や帰国を回避するためには、「受け入れた育成就労外国人を孤立させないこと」が大切です。
日本語能力が比較的高く、農業の技能や知識においても即戦力が期待されるレベルの特定技能外国人であれば、育成就労よりは手がかからず、専属の教育係や外国語に長けた日本人スタッフを配置できないような職場でも適応することができるでしょう。
最初に特定技能1号として受け入れた外国人材は、3年後の日本語能力・技能レベルがレベルアップした頃、特定技能2号へ移行して教育担当者に据えることで、のちに育成就労を受け入れても問題が起きにくい環境を作ることができます。
母国が同じ先輩がいる環境であれば、言語や文化が異なることでの悩みや業務における悩みなども理解しやすく、心強い相談相手になってくれることでしょう。母国語と日本語を駆使してコミュニケーションをとることで、日本語の学習にもなります。
このような、外国人材にとって居心地が良い職場環境が構築できれば、転籍による人材の流出を防ぎ、企業に定着してくれる人材を育成することができるのではないでしょうか。
農業分野で特定技能を推奨する理由
株式会社アストミルコープでは、外国人の受け入れを検討する際、特定技能外国人を推奨してきました。特に農業分野においては、人手不足がより深刻な状況の中小企業規模の農業経営者の方が多く、即戦力の人材を求めている場合が多いためです。
これまでにもお話しした通り、育成就労では、日本語能力の観点や技能レベルの観点から、即戦力の人材とは言えず、かえって育成のために既存の人材の時間を割くことになってしまうためです。
日本で農業に従事したいという外国人はたくさんいる
「求人募集しても応募者が来ない」「人が集まらない」という状況が続いているというお話をしましたが、外国人材に目を向けると、日本の農業に従事したいという若者はたくさんいるのです。
というのも、農業輸出量は年々拡大しており、2022年には過去最高を更新しています。これは、日本の農産物が高品質で美味しいこと、厳格な検査基準により安心・安全が保障されていることに加え、世界的な日本食ブームにより、世界的に人気が高いことが理由です。
こういった日本の農業輸出量の拡大は、付加価値のある日本の農作物作りは海外の若者の関心を惹きつけ、農業分野での特定技能を希望する外国人の増加につながっています。
そのため、農業分野の特定技能では、多くの応募者から優秀な人材をじっくり厳選して受け入れられる環境があるのです。
農産物の輸出額

引用:財務省「貿易統計」より
まとめ
今回は、農業分野に限定して、育成就労制度のポイントや懸念される点を解説いたしました。
技能実習から育成就労への移行にあたり、従事できる作業が拡大することや派遣雇用が可能になる(見込み)という点で、農業分野においてはこれまで以上に外国人材が手助けとなる現場が増えることでしょう。
しかしながら、育成就労は日本語能力や技能レベルの観点で、即戦力と言える人材ではありません。特に、地方での雇用となることが多い農業分野では、日本語学習の機会が少ないという懸念点もあります。コミュニケーションがうまくいかずに孤立してしまったり、都市部と比較した時の不便さを感じた時、育成就労外国人は転職を考えます。せっかく育成した人材が離れてしまうということのないよう、農業経営者側にはさまざまな施策が求められるのです。その結果、育成就労を受け入れることで人手不足が加速してしまった、ということになってしまってはいけません。
アストミルコープでは、人手不足がより切迫した中小企業規模の農業経営者の方には、育成就労よりも特定技能をお勧めしております。特定技能外国人は、『N4』以上の日本語能力検定と技能試験に合格した、即戦力で活躍してくれることが期待される人材です。
特に農業分野においては、世界的に日本の農産物が注目されており、特定技能として日本の農業に従事したいという外国人の若者も増えています。そんな今こそ、特定技能の優秀な人材をじっくり厳選して受け入れることができるチャンスなのです。
農業分野における特定技能外国人の受け入れに関するご不明点やご相談は、株式会社アストミルコープにお気軽にお問い合わせください。さまざまな農業者に対し、特定技能の受け入れをサポートした実績がありますので、皆様の事業における人手不足のお悩みも解決につながるかもしれません。
無料のオンラインでの個別相談も行っておりますので、なかなか聞けない疑問や悩みもお気軽にご相談いただけます。